「えー!!んじゃあたし蜘蛛やめるー!!」


 2年前と全く同じように突然窓から姿を現した彼女、かつての蜘蛛の8番の姿を見て驚かなかった者はこの場にいない。別段綺麗でもない、廃墟をちょっとだけ住みやすく改装したアジトのリビングで、オレは飲みかけのコーヒーのカップを床に落とした。フィンクスは口にしていた缶を握りつぶし、その中身をモロにかぶったフェイタンも、窓から入ってきた人物を見て報復とばかりにフィンクスの眼球に細い針を刺すことすらも忘れてぽかんとしている。パクノダは悲鳴をあげたし、フランクリンは頭を抱えている。あのクロロでさえ、驚愕のあまりにしおりを挟まずに本を閉じたのだ。後でため息を吐くに違いない、と思っているオレは案外この中で一番落ち着いているのかもしれなかった。
 そうだ、窓から入ってきた彼女は2年前に死んだはずなのだ。
 「おま・・・ミランダ!?」
 「何その顔?そういえばフィンクスいつから眉毛なくなったの?」
 「てめぇが昔寝ている間に剃り落としてからだくそあま!!」
 「形を揃えてあげようと思ったのに・・・・まさか、あれで生えてこなくなるとは思わなかった・・・・」
 流星街時代から貧相だったのに、ごめんねなんて目元を隠し泣いている風を装うミランダは、もちろん悲しんでなんかいないに違いない。フィンクスの眉を彼が寝ている間に剃り落とそう!なんて言い出したのは彼女だし、フェイタンと一緒に喜々として全部剃り落としてかすれたマジックで新しい眉を書いて笑っていたのだ。オレは今でもその時の写真を持っているし、今でもそれを見て笑う。彼女の赤い巻き毛も、服も、靴も、表情も2年前最後に見たあの日から全く変わらない。腰に覗く8番の蜘蛛もそこにいた。
 ここにいるメンバーの中で唯一驚いた様子を見せなかったのは、ミランダがいなくなってからしばらくあとに入ってきたシズクだけである。シズクはミランダのことを知らないのだからある意味当然、むしろ何が起こっているのかさっぱりわかっていないようでしばらくミランダのことを見ていたもののそのうち読んでいた雑誌にまた目を戻してしまった。
 「やだなクロロまた後退した?」
 「してない。減らず口は相変わらずだな。どこにいた」
 「カ レ シ?」
 クロロの質問にくだらない言葉で返す。クロロはソファーに腰掛けたまま眉を潜めた。オレのところからじゃあ見えないけれども、多分クロロの右手にはスキルハンターが握られているんじゃないだろうか。
 「ミランダ、お前今まで何してたか」
 「だから彼氏だってばぁ。彼氏とあんなことやそんなことを」
 「そんなこと聞いてないね。その指と舌切り落とすよ」
 「舌はわかるけどなんで指?ひどくない?」
 ミランダはけらけらと笑って、窓枠から降りる。椅子どこーと探し回って相変わらずぽかんとしているフィンクスを蹴り落とし自分が椅子に座った。眉がないと余計に間抜けね、なんて言うから喧嘩になるのだ。それも昔と変わらない。
 「あっちょっとシャル、結局私の勝ちよ勝ち。お金振り込んだ?」
 「・・・賭け・・?待ってよオレそんなの・・・・ああ」
 唐突に話を飛ばすのもまたミランダのひとつの癖だ。本人もそうだが思考もひとところに落ち着いていやしない。ふらっと消えてはふらっと戻ってくるから、2年前だってまたふらっとこうやって窓から戻ってくるんじゃないか・・・なんてみんなで話していた。もちろんそんなことはなかったんだけれども。突如オレに振られた話について行けずに思わず間抜けな声が出たが、ミランダがフィンクスを指差してはっと思い出す。2年前よりももっと前、それこそミランダがフィンクスのそうでなくても薄かった眉を剃り落とした日、2年前後にフィンクスに眉が生えてくるかという賭けをした。ミランダは生えてこない、オレはまた薄く戻ってくる。フィンクスの顔は額と瞼の境がわからない。うん、さらに3年たっても生えてないやオレの負け。大体フィンクスは眉を剃るなんてことしていない。オレの負け、それは認めるけど死んだ人間に賭け金を払おうなんて誰が思うっていうんだ。
 「だって、待ってよミランダ。オレ、ミランダが死んだと思ったからお金振り込んでるはずないじゃん」
 「えー!ひっどい!あたしここにいるんだから、ほらさっさと振り込んでよ!」
 「ってかミランダの口座生きてるの?」
 「えっ知らない。そういうのはシャルが管理してたじゃん」
 口座の管理も苦手だけれど、そもそも電子機器の類がてんでだめな彼女は、精々携帯で電話に出ることぐらいしかできない。メールをして、了解って返事を打とうにも小さい「よ」をどうやって打てばいいのかわからなくて「りようかい」という一言が送られてきたのはまだ記憶に新しい。流星街出身者は皆総じて、電子機器に疎い傾向にあったのは確かだけれどもみんな慣れればすぐに使えた。何年たっても毎回濁点と半濁点のつけ方を忘れるのはミランダくらいなものだ。パソコンだって使えないからもちろん口座の管理もできない。未だにカードでお金を出し入れしてるなんてなんて面倒なんだろうって思うけれど、ミランダにネットバンキングなんてやらせたらきっとうっかりじゃなくあっさりパスワードを流出させて残金を0にするに違いない。一体何分で残金が0になるかちょっと試してみたい気もしないでもない。
 「ところでさ、その子誰?」
 ミランダは、しばらくその場にいたメンバーととりとめもなく会話をしてから、やっぱり唐突にシズクを指差してそんなことを言った。シズクはミランダのことを知らないし、当然ミランダもシズクのことを知っているはずがない。シズクはそこで突然の来訪者の質問に顔を上げて、それから首をかしげる。
 「やだ・・・私より胸大きい・・・」
 「てめぇは大きい以前にほぼねぇだろ」
 「Bはある、Bは」
 「ねぇも同然」
 「なんだフィンクスは巨乳好きか、でも女の子も眉毛ある方が好きだとおもうなー」
 その会話は何度も聞いた。キレたフィンクスがミランダの胸ぐらをひっつかみ、暴れたミランダが椅子を蹴倒し部屋の中に埃が舞う。帰ってそうそう騒がしい。
 オレはクロロと一度顔を見合わせてから、どうしようかと少しだけ悩んだ。シズクは今の蜘蛛の8番、そしてミランダはシズクが入る前の8番だ。2年前、オレたちは一緒に盗みに入って愛用していた銃と大量の血痕のみを残していなくなったミランダを死んだものと思い、新たにシズクを勧誘したのだ。生きているとわかっていればシズクは別の番号に入ったかもしれないし、そもそも勧誘しなかったかもしれない。
 「こういう場合はどうなるんだ」
 「うーん・・・・ある意味例外的な話だよね」
 フランクリンもどうやら同じことを考えていたようで、フィンクスと取っ組み合いの喧嘩をするミランダを見ながらオレに問いかけてきた。
 同じこと、というのはつまり蜘蛛の番号争いのことだ。蜘蛛は基本的に流星街よりいたメンバーを基本とし、空いている番号に新たなメンバーをいれて、13人からなる集団である。団員は体のどこかに持つ12本の蜘蛛。胴に番号が入っており基本蜘蛛を抜けるときは死ぬときである。新規メンバーは蜘蛛に空き番があるときに、現団員が紹介をするか、空き番がなくても現団員を殺すことで番号を受けることができる。シズクはミランダの空き番をもらった。だが実際にはミランダは生きていた。さてこんな場合にはどうしたらいいんだろう。シズクが改めてミランダを殺さないと8番に認められない?そんなことはないだろうとオレはクロロを見た。
 「ミランダがどうするかじゃないか」
 クロロはオレの視線に気づいてそんなことを言った。
 「ミランダが死んでいると判断したのはオレたちだからな。どのような形であれ・・・まぁ連絡を入れなかった理由は気になるが、別の番号を与えてもいいだろう」
 「・・・だってよミランダ。ミランダはこのあとどうすんの?」
 「えっ?ごめん話聞いてなかったわ。なんだって?」
 「だから、もう8番にはシズクがいるからさ。ミランダが死んでないって気づかなかった落ち度はオレたちにあるけど、改めて蜘蛛に戻るなら歓迎するよって話」
 「えー!じゃああたし8番じゃないの!?」
 「もうシズクが8番だからね」
 ミランダは自分の上に馬乗りになって拳を向けてるフィンクスに念をぶちかまして弾き飛ばすと、床に座ったまま不満そうな声をあげた。彼女が8という数字にこだわるのは知っていたが、その不満そうな声に嫌な予感がする。
 「んじゃあたし蜘蛛やめるー!!」
 「はぁ?」
 「じゃあね!」
 それからのミランダの動きは早かったというか、およそ予想だにしない答えに全員が動けなかったのだ。ミランダはぱっと新しいオレたちの見慣れない銃を懐にもう一度収めて、来たときと同じように窓枠からするっと外に抜け出た。最後に軽く手を振って、空中をかけていくミランダにもう一度ぽかんとする他ない。
 「ちょっとクロロ」
 「・・・・・ほうっておけ。そのうち戻ってくるだろう」
 クロロは自分でしおりも挟まずに閉じた本を見てため息を吐いた。それみろ、と内心思ったオレはやっぱり落ち着いていると思うしついでにいえばミランダのこの行動もちょっと予測ができていたのかもしれない。ミランダは蜘蛛をやめるなどとほざいて出て行ったわけだが、多分本気でやめることもないだろう。8番を持ったまま、蜘蛛に所属はできないが多分またふらっと帰ってくるに違いない。クロロはそれを見越してか「どっか番号を空けておけばいいだろう」とつぶやいて再び本を開いた。蜘蛛を抜けるなら殺せ、と言わないならば別に戻ってきたらいつもどおり普通に接すればいい。まぁ、それでもいいかと思ったオレは、ようやっとこぼれたコーヒーが完全にシャツにシミを作っているのに気づいたわけだ。情けない。

そんなわけで、2年前シルバ=ゾルディックに殺されたはずのミランダは生きていた。そしてまたどっかへ行ってしまったというわけだが、これはそんなミランダと彼女にまつわる人々のお話。



2014.12.14